(第1話)とある日系SIから外資に転職を決意した話

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約1年振りにブログを再開しました。ブログをお休みした理由は、Twitterと転職で忙しかったからですw
今回、転職の振り返りと今後同じような状況で転職を検討される方の一助になればと思い、再開しました。
改めて、よろしくお願いします。
さて、全体の構成を考えると、文章が少し長くなりそうなので、3つの記事に分けてお届けします。(今回は第1話)

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この辺に興味がある人は是非ご一読を。

外資情シスから日系SIの転職に失敗したエピソード
・中小の日系SIで給料アップしないと思った理由
外資に再び挑戦したいと思ったわけ

日系SIの転職に失敗したエピソード

前職は、中小の日系SIでインフラエンジニアだったのですが、その前は外資で情シスをしていました。
外資の情シス時代は、技術よりもユーザー対応や調整がメインだったため、技術を深めたいとSIに転職を決めました。
また、自宅から近距離が良かったので、転職エージェントは使わず、ローカルな求人が豊富なハローワークで同社を見つけました。

転職当初は、通勤時間も短い、関われる案件も多く技術の守備範囲も広かったため、事得たりと満足。
しかし、次第に、これまで情シスでは経験していなかった課題に突き当たります。それは見積作業です。

情シス時代には、機器やソフトウェアの見積は経験しても、詳細な作業工数の見積は殆ど経験なかったのです。。
客先移動の時間、打ち合わせの工数、設計書などのドキュメント作成の工数、インストールする工数、エイヤーと移行する工数、見積作成の工数。作業に係る、ありとあらゆる工数を全て洗い出し、単価と掛け合わせて提案可能な概算を出す、その作業工数の算出に頭を悩ませました。

言わずもがな、慣れない見積作業に膨大な時間をかけてしまい、提案額がどんでもない事に。
案の定、先方には、「いや高すぎるでしょー」と一蹴され、失注の上、大きな赤字を出してしまいました。

人材不足の時代、それなりの会社からそれなりの経験者がローカルな中小SIに入社してくれたと当初は盛んにもてはやされて、なんだか自分が仕事のできる人間だと錯覚してしまいました。研修も皆無で、ぶっつけ本番で大型のRFPを任せられて、いや、任せてくださいとイキった結果、見事に撃沈。それから180度評価が変わり、2重3重とチェックの包囲網を敷かれ、奈落の底に。そう、情シス時代には、納期という概念がほぼなかった事を思い出しました。

終盤は、毎度詰められるストレスのせいか、時折、原因不明の胸痛に襲われ、みぞおち、奥歯、首、のどにも痛みが拡散したような。あー思い出したくない。

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症状からし狭心症化と思って医者にかかったところ異常なし。

やはり、ガチガチのチェック体制と多方面からの追及でストレスMAXだったのかも。

給料アップは今後ないなと思った理由

さて、給料ですが、同社で年収アップする見込みは絶望的でした。
というのも、5年以上働いていた同僚は一度も昇給がなく、マネージャーでさえ年収の低さに頭を悩ませている始末。
私なりの見解ですが、同社は、売り上げの柱となる大手の顧客を幾つか持っていたが、更に売り上げ伸ばすためには、新規の案件を開拓しないといけない。しかし、ローカルな中小SIだけあって、小さい会社の細かい案件が多数舞い込んできて、薄利多売の状況。見積作業に多大な時間を取られる事に非常に神経質だった理由は、そんな背景もあったのかなと。

リーマンショックにおいて一度も減給がなかった同社は、日系らしく業績不振でも雇用は守る、そのため業績不振に備え平時はキャッシュを貯めこんでおく、そんな印象を受けました。確かに年配エンジニアからすると良い環境かもしれません。しかし若手からするといつまでも同じ給料というのは頂けない。子どもの養育費で頭を悩ます私も後者の人間でした。この辺りが転職の動機でしたかね。

外資に再び挑戦したいと思ったわけ

これまでの職歴を考えると、外資情シスから日系SI、そして、再び外資情シスだとなんだか一貫性がないため、採用側から良い印象を持たれないかな、と悩みましたね。ただ、今後SIの業界では、経験や能力で敵わないし、情シスの経験も大して活かせないと分かっていました。
自ずと英語と情シスを掛け合わせたスキルセットで勝負するしかないと思うようになり、再び外資情シスへの転職を決意するのでした。(第2話に続く)